
令和5年10月1日から開始見込みであるインボイス制度(適格請求書保存方式)。様々なメディアで取り上げられているため耳にしたことがある方は多いと思いますが、その内容を理解しているという方は意外と少ないのではないでしょうか。今回はそんな複雑なインボイス制度について分かりやすく解説します。
消費税の計算方法の基礎知識
インボイス制度の問題点が理解しにくいのは「そもそも消費税に関する知識が不足している」という点が最大の要因ではないでしょうか。インボイス制度は消費税の納税額に影響を及ぼす制度であり(本来の趣旨はそこではありませんが)、正確に理解するためには消費税計算の基本的な考え方を理解する必要があります。
消費税の計算式
受け取った消費税額(売上など)-支払った消費税額(仕入・備品の購入・交際費など)=納税額
消費税の計算式を最大限単純化すると上記の式となります。売上時や備品などの売却時には消費税を受け取ります。反対に仕入その他の経費の支払い時には消費税を支払っています。つまり消費税の納税額は、受け取った消費税から支払った消費税を控除した差額となります。
なお、ここでいう経費は消費税の支払いを伴う経費に限ります。給与や減価償却費、保険料などは経費ではありますが、消費税の支払いを伴わないのでこの記事で言う「経費」には含まれません。
消費税額の具体例
売上(税抜き)5,000万円、支払った経費(税抜き)3,000万円の場合
- (5,000万円×10%=500万円)-(3,000万円×10%=300万円)=200万円(消費税納税額)
上記の式は最大限単純化した式であり、正確な消費税額の計算にはその他様々な点を考慮する必要があります。しかしひとまずインボイス制度の問題点を理解するためには上記の原則を覚えておけば十分です。
消費税税の免税事業者とは?
もう一つインボイス制度の問題点を理解するために知っておくべきことの一つが「免税事業者」という概念です。実は消費税は全ての事業者に納税の義務が課せられているわけではないのです。
小規模な事業者を優遇するため、基準期間(通常は2期前)の課税売上高が1,000万円未満である事業者は消費税を納税しなくて良いこととなっています。しかし消費税の納税をする必要がないにもかかわらず、取引先に売上を請求する際には消費税10%を加算して請求しているケースが特にBtoBの取引では多いと言えます。
これもインボイス制度に大きく影響してくる制度なので覚えておいてください。
インボイス制度の何が問題なのか
断っておきますが、インボイス制度は増税のような趣旨で施行されるものではありません。しかし「零細企業・個人事業主を苦しめる制度である」とまるで増税のように捉えられている現状があります。そのギャップの原因を整理すると次のようになります。
- インボイス制度施行後、受け取った消費税から支払った消費税を控除するためにはインボイスの保存が必須となる
- インボイスを発行できるのは消費税の課税事業者のみである
- つまり消費税の免税事業者はインボイスを発行することができない
- 免税事業者と取引をすると、取引の相手方はその免税事業者に支払った消費税を控除することができない
まだ分かりにくい気がするので先ほどの消費税計算例で具体例を示します。
免税事業者と取引をした場合の計算例
売上(税抜き)5,000万円、免税事業者に支払った経費(税抜き)3,000万円の場合
- (5,000万円×10%=500万円)-0円=500万円(消費税納税額)
最初の計算例では消費税の納税額は200万円でした。一方全ての経費の支払いが免税事業者であったと仮定すると、支払った消費税を控除できないため消費税の納税額は500万円となります。つまり免税事業者と取引をすると納税額が大幅に増えるということです。
※実際には令和5年10月~令和8年10月までは仕入税額控除80%、~令和11年10月までは仕入税額控除50%という経過措置があるため上記の計算のようにはなりません。が、いずれはそうなるのでそういう制度だと覚えておいてください。
実際に損をするのは誰なのか
免税事業者と取引をすると納税額が大幅に増える、そう聞くと損をするのは免税事業者の取引先であると考えてしまいそうです。しかし免税事業者と取引をすると損をするのであれば、その免税事業者との取引を打ち切り、インボイスを発行してくれる事業者に乗り換えれば済む話です。もしくはその免税事業者に対し「インボイスを発行できないなら取引価格を値下げしろ」と要求することも考えられます。
つまりインボイス制度で損を被るのは消費税の免税事業者なのです。取引停止や値下げ要求されるのが目に見えているので反対意見が相次ぐのも当然と言えます。
※ただし「取引先のほとんどが免税事業者である」課税事業者もかなり大変な状況になることが予想されます。例を挙げると下請けのほとんどが一人親方である建設業者や、業務委託契約による美容室やマッサージ店、記事のほとんどをフリーライターに外注しているメディア等です。取引先を変更するにも手間がかかりますし、こういった事業者は早期の対応が求められます(簡易課税の選択をしている事業者は除く)。
免税事業者が取るべき対策
では、免税事業者は指をくわえてそのような不利益を被るしかないのでしょうか?実はそうでもなく、単純な解決策が存在します。それは免税事業者という立場を自ら返上し、消費税の納税の義務を負ったうえでインボイスを発行する、という方法です。インボイスが発行できるのであれば取引先に文句を言われる心配はありません。
しかしこの対策では消費税の納税という負担が避けられません。解決策とは言ったものの結局はノーダメージでインボイス制度を回避する策は存在しないということになります。
結局最善策はどの方法なのか
ノーダメージでインボイス制度を回避できないとしても、せめて最小限のダメージでインボイス制度に臨みたいところです。では、免税事業者が取るべき最善策はどの方法なのでしょうか?ここまで挙げてきた方法のうち「取引停止を受け入れる」という道は有り得ないとして、次の2つの方法には検討の余地がありそうです。
- 免税事業者のまま消費税分の値下げを受け入れる
- 課税事業者となってインボイスを発行する
具体的にどちらが得であるかを検証するのは簡単です。
どちらの対策がより有利か
売上(税込み)990万円、経費(税込み)550万円である事業者のケース
①免税事業者のまま値下げを受け入れる場合
・インボイス制度前:900万円+消費税90万円=990万円の収入
・インボイス制度後:消費税分の値下げを要求された場合=900万円の収入
・インボイス制度による損失:90万円
②課税事業者となってインボイスを発行する
・インボイス制度前:消費税は免除=納税額0円
・インボイス制度後:受け取った消費税90万円-支払った消費税50万円=納税額40万円
・インボイス制度による損失:40万円
上記の計算を見れば一目瞭然ですが、課税事業者となってインボイスを発行したうえで消費税を納税する方が断然お得です。これはなぜかと言うと、①のケースでは消費税10%分を丸々損するのに対し、②のケースでは支払った消費税分を控除できるため丸々10%の損が生じることはないためです。
ただし、消費税10%分丸々の値下げを取引先から要求されるとも限りませんし、取引先との力関係によっては値下げを要求されない可能性もあります。また「そもそも消費税は請求していなかったので値下げ要求されるのはおかしい」と主張される方もいるかと思います。その辺りは取引先と慎重な協議が必要になるでしょう。
簡易課税の適用も検討しよう
消費税の計算上、原則課税と簡易課税という2つの計算方法を選択することができます。簡易課税は2期前の売上が5,000万円以下である等の条件を満たしたうえで税務署に届出をすることで適用できます。
簡易課税はここまで説明してきた原則課税よりも容易に計算できるため納税額の予測が立てやすいというメリットがあります。簡易課税の計算式は以下の通りです。
簡易課税の計算方法
受け取った消費税×みなし仕入れ率=消費税納税額
非常に単純な計算式です。みなし仕入れ率は業種によってあらかじめ決まっているので、要は売上が分かれば消費税の納税額が計算できるということです。ちなみにみなし仕入れ率は次の通りです。
区分 | みなし仕入率 | 主な業種 |
第1種 | 90% | 卸売業 |
第2種 | 80% | 小売業、農業・林業・漁業(飲食料品のみ) |
第3種 | 70% | 建設業、製造業等 |
第4種 | 60% | 飲食店、その他の事業 |
第5種 | 50% | 運輸通信業、金融・保険業、サービス業 |
第6種 | 40% | 不動産業 |
上記のみなし仕入れ率にあなたの業種を当てはめて検討してみてください。もし売上と経費(給与や保険料、減価償却費等を除く)の割合が上記のみなし仕入率より少なければ、簡易課税を選択した方がお得になる可能性が高いと言えます。ただし高額な設備投資をする予定がある方は原則課税の方がお得になる可能性が高いのでその点は注意しましょう。
免税事業者のままで済むケースも?
「免税事業者は課税事業者となってインボイスを発行すべし」と結論付けましたが、実はインボイス制度施行後も免税事業者のままで困らない事業者も存在します。それは以下に当てはまる事業者です。
- 顧客の大半が一般消費者である事業(飲食店・小売店・マッサージ店や美容室など)
- 替えが効かない特別なスキルを有する方
消費税を納税するのは事業者です。一般消費者は買い物の都度消費税を負担してはいますが、事業者のように消費税の計算をして国に納める必要はありません。つまり一般消費者にとってインボイス制度はほとんど関係ない制度と言えます。
そう考えると顧客の大半が一般消費者である個人経営の八百屋や魚屋、小規模な居酒屋などはインボイス制度の影響を全く受けず免税事業者のままで済む可能性があります。ただし飲食店の仕入に利用される可能性のあるスーパーや接待での利用頻度が高い高級料亭などはインボイスの発行を求められる機会も少なくないと考えられますので、客層によって判断する必要があるでしょう。
もう一つは芸能人や作家、漫画家など替えの効かない職種です。相手が「土下座してでもこの人に仕事を依頼したい」と思ってくれるような力関係であればインボイス制度など全く関係ないかもしれません。しかしこれはレアなケースでしょう。
まとめ
多くの事業者に大きな影響を与えるインボイス制度。スタートまでまだ約1年ありますが、油断せず余裕を持って対策を考えておくことをおすすめします。