個人事業主の方の多くは「このまま個人事業を続けるべきか」「法人成りすべきか」という選択で悩んだ経験があるのではないでしょうか。法人成りにはメリットもデメリットもあるため慎重に判断することが必要です。
1.法人成りにベストなタイミングとは?
「いつ法人成りするのがベストですか?」「法人と個人、どちらが有利ですか?」といった質問を個人事業主の方から受ける機会が非常に多いです。
この質問に対する正解は「ケースバイケース」「結果論」といった毒にも薬にもならない回答になってしまいます。「最大限得をしたい」という観点で考えると想像以上に難しい選択なのです。
そうは言っても何かしらのヒントを提供しないわけにはいきません。そのために、まずは「なぜ法人成りしたいのか」という点を突き詰めて考えてみましょう。法人成りを検討している方は、おおむね次の2点のいずれか、または両方を念頭に法人成りを検討しているものと思います。
- 節税面で得なのはどちらか
- 事業にプラスになるのはどちらか
(1)節税面で法人成りを検討するタイミング
税制面で言えば個人事業主と法人とでは大きな違いがあります。
個人事業主に課せられるのは所得税・住民税・個人事業税です。このうち所得税は累進課税であるため、所得が大きくなればなるほど税負担が増えます。課税所得が4,000万円以上ある方は所得税+住民税の税率が55%と非常に負担が重くなります。このような方は法人成りをした方がほぼ間違いなく税負担を減少させることができます。
問題は「所得がどれくらい出たら法人税の方が有利なのか」ですが、一般的には事業所得が800万円~1,000万円ほど安定して出ていれば法人成りを検討する価値があると思われます。だいたいこの辺りで個人の税負担が法人の税負担を上回るケースが多くなると言えるでしょう。
個人事業vs法人 税負担比較
【前提条件】
・40代、妻を扶養
・事業の利益=900万円
・所得控除=150万円(配偶者控除・基礎控除・社会保険料控除を想定)
・法人成りは利益と役員報酬を同額にしたと仮定
【個人事業の税負担】
①所得税…(900万円-150万円)×23%-636,000=1,089,000円
②住民税…(900万円-150万円)×10%=750,000円
③個人事業税…(900万円-290万円+65万円{青色控除不可})×5%=337,500円
個人事業の税負担合計…2,176,500円
(参考:国民健康保険・国民年金の負担額約80万円)
【法人の税負担】
①法人税等…450万円×33.58%(中小企業・標準税率の実効税率)=1,511,100円
②役員報酬の所得税…(450万円-134万円{給与所得控除}-150万円)×5%=83,000円
法人の税負担合計…1,594,100円
(参考:社会保険料の個人負担額約68万円、会社負担分も含めた総負担額約136万円)
※正確な計算ではないためあくまで参考です
ただしこれもケースバイケースです。個人事業でも扶養家族が多い方や、住宅ローン控除を利用している方は個人の税負担の方が軽く済む可能性があります。
また、法人では社会保険料の負担も増えますが、会社負担分は経費になるため法人税の負担は上記計算式よりも減少します。この点も含めて検討すると比較的正確な比較ができますが、それでもこのくらいの利益では個人でも法人でも大きな差は生じない可能性が高いでしょう。
(2)事業面で法人成りを検討するタイミング
事業を拡大したいという目的で法人成りを検討している方は、思い立った時点で法人成りしてしまっても良いでしょう。規模の大きな会社と取引をしたい場合は個人事業より法人の方が有利に働く可能性があります。また、雇用面や金融機関からの融資の観点でも法人の方が有利です。
以前は「法人成りすると設立から2期目までは消費税が免除される」という分かりやすいメリットがあったのですが、インボイス制度の導入でそのメリットも享受できなくなる可能性が高いです。したがって事業拡大目的の方は細かいデメリットを気にするよりも事業の拡大に集中した方が得策と言えます。
ただし、法人成りにも後述するデメリットはあります。「なんとなく法人の方がかっこいいから」のようにボヤっとした理由で法人成りを考えている方は慎重に検討する必要があるでしょう。
2.法人成りのメリットとデメリットとは?
すでに触れている点も多いですが、法人成りのメリットとデメリットの一例を挙げていきます。
(1)法人成りのメリット
- 取引先・金融機関・採用面で一定の信用が得られる
- 赤字決算の際の繰越欠損金を10年間繰越しできる
- 好きな時期に決算月を設定できる
- 役員報酬を経費にできる
法人の場合、赤字申告で生じた「繰越欠損金」を10年間繰り越せる点が節税面での大きなメリットです。個人事業では赤字は3年間しか繰り越しできませんし、そもそも役員報酬を経費にできない個人事業では赤字申告自体が稀です。
法人は役員報酬を経費に計上できる点も大きなメリットです。個人事業では毎月の生活費を経費にすることはできませんが、法人では自分の生活費(役員報酬)を丸々経費に計上できるような感覚です。
(2)法人成りのデメリット
- 社会保険の加入義務が生じる
- 金銭的な自由が効かない
- 赤字でも税金が生じる
- 経理作業が複雑化する
- 登記や税務署への届出等の事務負担
- 税理士費用が増額する
- 設立時に30万円前後の費用がかかる
- 税務調査リスクが増える
法人成りで意外と負担となるのが社会保険料です。社長1人の会社でも社会保険の加入義務が生じます。社会保険は会社と個人で折半して負担しますが、会社のお金と社長個人のお金をトータルで考えるとかなりの負担感があるでしょう。
また、法人は金銭的な自由が制限されます。個人時代には可能だった「好きな時に好きなだけ生活費を引き出す」といったお金の使い方はできなくなります。役員報酬は年1回しか変更できず、基本的に毎月定額でなければなりません。当然法人口座でプライベートな費用を支払うこともNGです。
さらに、法人は赤字決算でも都道府県民税の均等割が最低7万円ほど生じます。
また、経理ルール・税務申告の複雑化・税務署への届出等の事務作業が増加し、それに伴って税理士費用が増加します。さらに、住所変更や事業目的の追加など定期的に登記作業が生じるため司法書士費用もかかります。さらに毎年の役員報酬の改定には株主総会議事録の作成が必要など、事務負担が増します。
最後に、株式会社の設立には定款認証~登記・司法書士への報酬として25万円~30万円ほどかかります。設立費用をできるだけ抑えたい方は10万円~15万円ほどで設立できる合同会社を検討してもいいでしょう。
4.法人成りは慎重に判断すべき
本記事で挙げたように法人成りにはいい面も悪い面もあります。節税面だけを考えて法人成りしても、結果的に個人の方が得だったというケースも少なくありません。
あまり節税に固執して判断するよりも、将来的な事業の見通しに合わせた選択をした方が後悔しない選択ができるのではないでしょうか。